【ことわざひもとき.8】渡る世間に鬼はない!

■ 渡る世間に鬼はない!

世間は薄情な人ばかりではなく、困ったときに助けてくれる情け深い人もいるということをいっています。

例えばこんなときに…

… 渡る世間に鬼はないというけれど、自分はつくづく周りの人に支えられていると感じます。

… 道に迷っていたら、通りすがりの人が親切に道を教えてくれた。渡る世間に鬼はないとは本当だと思った。

世間には他人に目を向けるといいながら、人から吸い尽くす鬼もたくさんおります。ここでは、他人のことをよく見て困っているときに「大切にしてくれる」人もいるといった意味になってくるようですね。人を大切にする…。 人によっては意思疎通で相手の感情が分かるときがあると思いますが、確かに相手の気持ちが自分の気持ちのように感情移入して助けずにはいられない気持ちになるということはありますね。

相手の為にという気持ちももちろんありますが、これ、濁った言い方をすると人間、自分が一番可愛いので相手の気持ちが自分の気持ちのように感じてきて、自分がかわいそうだから助けよう…. そんな感覚的なものかもしれないですね。

あるいは、相手の立場になって考えてるか? ということが大きな違いになるのかもしれませんが、人間本質的には皆、真我ってもともと持ち合わせて生きていますし、恐ろしい鬼ではないと思いますから、ほんとうの意味で相手の気持を理解できれば、そう悪いこともできないものです。

自分では相手の気持を理解して寄り添っているつもりでも、相手の中身を何も理解していない、実はその人のことを深く考えてもいない。 そもそも自分ではなく他人ですから本能的に自分の保身が全てになってしまい、他人を思う必要はないからそれほど真剣に考えてはいません。ですが、そこをどれだけ 意識レベルで相手の気持になり考えられるかによって、大切さに違いが出るのかもしれません。このことわざで大事なところは、鬼ばかりじゃないとしても、相手が、助けていい存在なのか?自分は、助けられる存在であるのか?…先ずは人の事より普段からの自分の行い、足元をよく観て、周りにどのような影響を与えている自分なのか? 相手を見る時もそうですが、客観的に相手を含めた会話のやり取りを振り返ってみてください。 その見方であってますか? 観えていますか? 相手に対してもっと観るところがありませんでしたか? あの言動の本当の真意は何だったのか? そこを捉えられたら、きっと、相手からの貴方の観られ方も優先順位も変わってきますね! 表面的な言葉だけを受け止めて、感情が出てしまう顕在的な生き方ではいけませんし、皆さんがお仕事をされているなかで、その場の感情であれこれ判断して決断していることもたくさんあるのではないかと思いますが、本当にそれがよい選択なのか? その先にあります大切な目的のために客観的な判断をくだして選択権の行使をいたしましょう。

渡る世間は鬼ばかりにならぬよう、普段から陰日向無くお仕事でもプライベートも境目なく自分に関わる人は大切にしてください。鬼のような人というけれども、人間の想像上の産物としての鬼は、5つの煩悩や般若のお面のように、人間の恐ろしい内面を象徴する存在です。悪さをする鬼もいれば、守り神の鬼もいたり、人間が化けて鬼になったりすることもあるのです。

神様は、客観視している私たちの上からいつも観ていますからね…。